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国府津散策④ [散策]

前週に続き湘南方面散策に行ってみた。
国府津駅から曽我丘陵を歩く。

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曽我兄弟の母満江御前屋敷跡は自治会館になっていた。

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矢印に沿って進む。

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別所薬師堂
本尊は瑠璃光薬師如来(脇侍十二神将)で行基菩薩の作といわれ、長さ四尺八寸の立像。
里人の伝承によればこの薬師如来像は、山彦山薬師沢の奥の佛体ヶ窪という所に、奈良時代から平安時代のかけて安置されていたが、戦国時代兵火をこうむって、その背が焦げてしまったことから、別名やけ薬師と呼んでいた。
北条氏没落後、小田原唐人町の中国人 葉七官の配下の者が来て、ここに草庵を結び礼拝していたが、その後谷津法輪寺の末寺となり中華山応福寺と称した。
のちに廃寺となり薬師堂だけが昔の面影をとどめている。

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曽我兄弟母 満江御前の墓

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満江御前は曽我兄弟 十郎祐子成と五郎時政の母である。
伊豆の狩野親光の三女で、最初の夫は伊豆の国司代の源左衛門尉仲成で、一男一女を生んだが四年にして離別した。
その後、伊東祐親の嫡男河津の庄の地頭河津三郎祐泰と再婚し、三人の男子を出生した。
兄は幼名一万、後の十郎佑成で、弟は箱王、後の五郎時致で末弟は祐泰の死後誕生の律師坊実永である。
一族の領地争いが起因で夫の祐泰は非業の死を遂げ、舅伊東祐親のすすめにより曽我の庄の地頭の曽我太郎祐信の夫人となる。
1176年満江三十歳位。
十郎、五郎の兄弟が富士の裾野で父の敵の駆動祐経を仇討した後、1195年に夫の祐信と共に出家し、当地の曽我別所に大御堂を建て、兄弟の霊を供養してきたが、1199年兄弟の七回忌の5月28日奇しくも没した。
戒名は、崇清院浄岩高恩大姉。この年満江は五十歳位だったという。

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法蓮寺に到着。

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山号は千葉山で、この地方の古寺の通例として、もとは天台宗であったというが、寺伝によると1614年に日蓮宗に改宗したという。

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毘沙門堂
この寺の木彫毘沙門天立像は現在独立した毘沙門堂に祀られ、古風な唐破風二重棰木の厨子に安置されている。

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毘沙門堂からお経が聞こえたので覗いてみると、ラジカセからエンドレスでお経が流れていた。

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再び72号線に出る。

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バス停横に石造物群がある。
左の題目塔は中央に南無妙法蓮華経と彫られていて、1858年にコレラが流行した時、法華経一千部を奉唱して、病気退散を祈ったとある。
中央の地神講碑は1846年造立で中央に天社神と彫られている。
右の道祖神は小田原市内で最も多く見られる浮き彫り双立像で、この像は僧形となっている。

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72号線を左に進み、2本目を右に進む。

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橋の手前を左に進む。

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左に梅、右に桜が並んでいる。

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ここでも謎の柱を発見。

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王泉禪寺前を通過。

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金蔵院を通過。

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津島神社を通過。

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再び72号線に合流して右に進む。
この先に田島横穴古墳群があるので行ってみる。

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田島石橋交差点を左に進む。

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坂道を3分ほど登ると、田島横穴古墳群入口に到着。

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沢沿いを進んでいく。

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すぐに田島横穴古墳群に到着。

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田島横穴古墳群は古墳時代末期のもので、現在確認されているのは32基で、そのうち12基がここに見られる。

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1957年12号古墳から出土した須恵器の自然釉壺や長首瓶などは優秀なもので、長刀などと共に市立郷土文化館に展観されている。

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11号古墳

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11号古墳はかなり奥が深い。

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反対側にも並んでいる。

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8号古墳
ほぼ落葉に埋もれてしまっている。
男二体 副葬品とある。
発掘されたのだろうか。
ところで10号古墳と9号古墳が見当たらない。
埋もれてしまったのだろうか。

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7号古墳

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6号古墳

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5号古墳

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4号古墳

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3号古墳

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2号古墳と1号古墳を探しに先に進んでみる。

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急坂を4分ほど登ると舗装路に出た。

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小田原厚木道路が見えてきた。

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そのまま舗装路を下っていくと、小田原厚木道路下の72号線に出た。

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東海道新幹線のガードをくぐり、往路で立ち寄った菅原神社方面に向け左に進む。

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菅原神社を通過。

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そして16:30頃、国府津駅に到着。

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16:34発の上の東京ラインで横浜に戻ったのであった。
初めて歩くルートだったが、歴史を感じることができた。
ただし舗装路ばかりで残念。
未舗装路中心であれば再訪したいところなのだが。

【散策メモ】
2019年02月16日(土)
国府津駅~菅原神社~光明寺~高山~一本松~六本松跡~曽我祐信宝篋印塔~澄禅窟~弓張の滝~大光院~宗我神社~城前寺~二宮尊徳遺髪塚~別所薬師堂~曽我兄弟母満江御前の墓~法蓮寺~王泉禪寺~金蔵院~津島神社~田島横穴古墳群~菅原神社~国府津駅
歩数:30,513歩
歩行距離:19,833m
歩行時間:4時間12分
消費カロリー:750.0kcal


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